スペシャル
メニュー設定紀行キャストコメント
 
ニュース
スタッフ&キャスト
ストーリー
キャラクター
ワールド
商品情報
スペシャル
リンク
トップ
いろはにほへと設定紀行

第2回「潮座」を描くにあったって

■劇中に「芝居」を盛り込む
「高座より御免を蒙りましてご挨拶申し上げ奉りまする!」
赫乃丈の口上が高々と響き渡る、横浜の芝居小屋「潮座」。
作品を立ち上げた当初、高橋良輔総監督より提案された企画コンセプトには、「『芝居』を作中に盛り込みたい」というものでした。
赫乃丈一座が逗留する芝居小屋を描くにあたり、我々制作スタッフは「本物」の芝居小屋を描こうと、今も福島県の「福島市民化園」内に現存する「旧広瀬座」を取材させていただきました。

■「旧広瀬座」取材

「潮座」正面

赫乃丈が口上を述べ、紅丸たちがチラシを撒く芝居小屋の正面入口。芝居当日には贔屓筋(ひいきすじ)からの幟(のぼり)が立ち、見物客の長蛇の列ができました。
入口脇には入場券である「木戸札」を購入する窓口が設けられ、見物客はこれを購入し、入場の際に係員に渡して中に入ります。木戸札を購入せずに入る客が出ないように、この場所には恵信のような強面の係員がもぎりをしていました。
「潮座」正面

「潮座」客席

現在も「升席(ますせき)」と呼ばれる客席です。舞台左手には「花道」が見えます。江戸時代、芝居見物は最高級の娯楽であり、芝居は明け六つ(夜明け)から始まり、暮れ4つ(日没)まで行われる大変長いものでした。見物客達は夜明け前から支度をし、着飾りながら見物にやってきました。前夜から座に詰め掛ける見物客もいたということですから、当時の熱狂ぶりが伝わります。江戸城の大奥女中達が見物に訪れることもありました。このとき、幕間(まくあい)で売られたのが「幕の内弁当」で現在にもその言葉は受け継がれています。
「潮座」客席

「潮座」奈落

舞台の下にある「奈落」と呼ばれる地下室には、回り舞台を回す装置や「せり」とよばれる上下動式の装置があります(第1話で秋月が乗っていたもの)。これらはすべて人力で動かされ、回り舞台に備え付けられた棒は当時、数人掛かりで回していました。
「潮座」奈落

「潮座」楽屋

座員達が出番前に着替えたり、化粧をする楽屋です。赫乃丈一座の場合、この場所は仇討ちの密談をする作戦会議の場所も兼ねていました。壁には興行を行った役者達が記念に残した落書きが見られます。
「潮座」楽屋

「潮座」絵番付(チラシ)

当時、芝居興行を告知したのは「絵番付」とよばれるものでした。しかし、これは劇中のようにばら撒くチラシではなく、現在のポスターと同じもので、茶店に掲示したり贔屓筋に送るものでした(劇中ではよりチラシらしく、こばこ・紅丸のふたりがばら撒いております)。作中にて使用した絵番付の文字は、現在も歌舞伎座などでお仕事をされている竹柴正二氏にお願いし「江戸勘亭流」の文字で書いていただきました。
「潮座」絵番付

「潮座」
これらの取材を経て、遊山赫乃丈一座が興行を行う芝居小屋が完成しました。
潮座の元となった「旧広瀬座」は現在も福島県「福島市民家園」にあります。興味をもたれた方は是非足を運んでみてください。赫乃丈の口上の台詞が聞こえてくるかもしれません。

(文/設定制作 関口敦彦)

民家園(みんかえん)
http://www.f-kankou.jp/asobu/asobu_04/asobu_4_07.html
Topへ



SUNRISE こちら ゾウの鼻